ブログ「サイバー少年」

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小学六年生ごろからプログラミングを趣味にしている高校生のブログです。
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哲学ってどうなのよ

数学をやっていると、とくに数理論理学にぶつかったあたりで哲学との関連性を意識させられるわけですが、
哲学がどのようなことをやっているのか、よく知りません。

論理学が哲学者と数学者によって共に形成されたことは確かだと思いますが。


私は情報科学から移行して数学にハマってしまったように、より根源的なほうの学問(情報科学は数学の上で成り立っている)に興味を持つ傾向があるのですが、

それならば数学は哲学の上で成り立っているじゃないか、という話になると思います。
具体的にいえば数学が論理学の上で成り立っていて、論理学の基礎となるのが哲学です。

ただ、ここまでで述べたとおり論理学は数学の上で成り立っていて、数学は論理学の上で成り立っている、みたいな部分はあるんですよね。

これだけだと循環しているので、やっぱり哲学が最終的な根源となると思います。


ただ、完全にイメージですが、哲学より数学のほうが頭を使う印象がありますね。
私は前述のとおり、より根源的な学問を求める一方で、頭を使いたい欲がありますから、そうなると数学のほうが魅力的に見える。

ただ哲学って何やってるのかがまったく分からないので、哲学は頭を使わないと思い込んでいるのかも知れません。

しかも哲学って数学者が数学に近いアプローチでやっていたり、ぜんぜん違うアプローチで哲学をやってる人がいたりで、範囲が広いですね。


最後に、昔もこのブログで触れましたが、数学者は数学的な事実を宇宙的な真理だと思っていますが、哲学者は数学者が彼らの脳みそで考えられることを考えているだけのゲームみたいなものだと思っているっぽいです。

私も哲学者のほうの意見を支持すると言いました。

あと現代数学の公理主義と相まって、なおさら数学というのは人間の思考の限界に挑戦する究極の頭の体操であり、そうでしかないと思います。


ただ考えてみれば人間風情が自分は神になれると勘違いしてこの世の真理を突き詰めようだなんて、間違いではないでしょうか。

人間はしょせん、哲学なんかせずに、数学というゲームをやっておけばいいんだと思います。

もちろん、数学の基盤となる哲学は重要ですけどね。
ただ、数学の基盤となる哲学は論理学にカテゴライズできると思うので、哲学自体は不要ではないかと。


しかし、もし哲学も決してこの世の真理を突き詰めるものではなく、あくまで人間が見ているこの世界における事実(人間が感じること)を研究する学問であるなら、数学とは違う領域を研究していて面白いと思いますけどね~。

数学は形式科学ですが、哲学は自然科学じゃないの?と思います。


さて、こう言ってきましたが今回の記事は哲学しているんでしょうか。
ただ単に勝手なイメージを書いているだけですが…。

tag: 哲学 論理学 数学 公理 考察

数学の学問としての位置づけとは?? ~ プログラミングも ~

数学をやらぬ者に数学が語れるか。
こんなメタな考察をする前に数学の記事を書けと言われるかもしれませんが、こちらのほうが書くのが楽なのであえて数学という学問自体への考察を行ってみます。

こういう考察を行うのは哲学の分野でわりと行われているのかなというイメージですね。
科学哲学というのかな。

まあ私はそんな科学哲学ガチ勢ではないので、テキトーに思ったことを綴るだけです。


数学とはどういう学問なのでしょうか。

学校の数学だけやってると、ひたすら計算する学問なのかなという印象を持ってしまいますが、
たしかに計算するという側面もあるけれど、そのバックボーンには理論だとか概念を扱う側面がなければならないわけで、後者の側面を“数学”と呼ぶのが良いんじゃないかと私は思います。

つまり、数学というのは理論だとか概念を扱う学問だということです。


そして、どのような“理論だとか概念”を扱うのかという問題に対して、私のやってる数学の分野に起因する考えかもしれませんが、

何らかの数量の間の関係を扱うだけではなく、はたまた図形についての性質を扱うだけではなく、実は何でも扱えてしまう超万能な学問が数学なのではないかと思います。

それはどういうことかというと、物理学は現実世界の形而下の物事を扱いますし、たいていの学問には扱う領域があって、それはこの世の森羅万象と比べてみれば大変狭い領域なわけですが、

数学というのは“人間の思考”というものが扱う領域なんだろうと思うのです。

人間はあらゆる学問において、この世の物事を見て、思考するという工程があるわけで、思考した結果のアウトプットを学問の内容といいますか理論にするわけですから、思考というものを制する数学は最強ですね。


ただし思考を扱うというのは、色々なアプローチがあると思うのです。

たとえば私は言語学について全く知らないので的はずれなことを言っていたら恐縮ですが、人間は言語を使って物事を思考するので、その言語というものを扱う言語学も数学と並んで人間の思考を扱う学問でしょう。

むしろ、数学は数学という言語を使って物事を考察していると考えることもできますね。
それならば真に最強な学問は言語学ということになりますが、なにせ言語学について知らないので、そう考えるのはやめておきましょう。


数学は思考を扱うアプローチとして主に集合や写像などを使います。
これらは、概念や、イメージの手段を抽象化した道具であると言えると思います。

他にも数学といえばそりゃ数値というのを使いますが、これも数量という概念を数値というものに落とし込んでいるわけですね。
ときにそれは数というのは集合なんだという話に昇華しますが、まあ数が集合であっても数であっても抽象的な道具であることには変わりないのでいいでしょう。

ようするに、思考についての物事をある別のものに対応付けたのが数学ですね。
あーでも、それだとやっぱり数学は言語だということになるなあ。

まあ言語学が(完璧に妄想ですが)物事の表し方に主眼をおいているのに対して、数学は表された物事と物事の間の関係に主眼をおいている気がします。


あとさらに詳細には、表された物事を意味も含めて扱う意味論というのと、単純に記号としてのみ扱う構文論という二つのアプローチが、数学にも言語学にも存在しますね。

ただ数学においては意味論がベースになってくると思います。
それは具体的な思考対象があっての数学なわけですから、意味が存在してくるわけですね。

構文論っていうのは数学においては、単なる思考を単純化するツールみたいなものかなと、素人ながらに思います。

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tag: 数学 プログラミング 形而 哲学 学問 言語学 理系 考察

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