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小学六年生ごろからプログラミングを趣味にしている高校生のブログです。
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論理学の勉強コンプリート!!!

この記事書くの2回目です。

姉妹ブログにも書きましたが(記事「書いてた記事が…」を参照)
この前、同じ内容の記事を書いていて2時間半ぐらいかけてもうすぐ終わりそうってとこまで来たのに、急にブラウザが固まってリロードされてしまいまして、書いていた内容が消えてしまいました。

Edgeで書いてたんですけど、Edgeが駄目なんですかね。
IEと比べて不安定な気がします。

キクチモモコ学生じゃないけど、ほんと使えないっ!って思いましたね。
今からまた同じこと書かないといけないのか…だるい。



さて、去年の十二月に読んだ数学のページから始まり、京都大学の教授の方のウェブサイトを読み続けて数理論理学の勉強を続けてまいりましたが、

とうとう一昨日、最後の最後まで読み終わりました!

はい拍手!
パチパチパチパチパチパチ…


全部で10ヶ月、長かったですね。

まあ、今年度の勉強したことまとめをご覧いただければわかりますが、そのうちの5ヶ月はずっと最後の章のシークエント計算についてダラダラと勉強していたんですけどね…。

なんというか今回の論理学の勉強を振り返ってみると、頑張って勉強する時期、燃え尽きて怠ける時期、さすがに怠け過ぎだなと思ってまた頑張る時期、を繰り返している感じでした。

シークエント計算の前の章の自然演繹は頑張って勉強していたので、例に漏れずシークエント計算は最初のほうは怠け気味でして、それで長引いて5ヶ月も掛かってしまったわけですね。

ただ、こちらも例に漏れず、怠け過ぎだなと思ったのでシークエント計算の勉強の最後のほう、つまり最近は頑張って勉強していました。


あと、もうひとつの長引いた理由として、これも勉強したことまとめに書いてありますが、述語論理に関する推論規則の、固有変数条件の理解に苦戦していたのもあります。

自然演繹のほうの固有変数条件は理解できたんですけどね。

前者は時間かけても理解できなかったので、飛ばして先に進んでしまったんですよ。
数学ってひとつひとつ着実に理解して進むのが筋だと思うので、あんまり良くないことだとは思いますが。

まあでも、数学もゲームと同じようなもので、難しすぎてクリアできないとつまらないので、モチベーションを確保するためには多少は諦めるのも仕方ないかなとも思いますけどね~。

飛ばしたのは唯一、この固有変数条件だけですしね。

今後しばらくは例によって燃え尽きているので、これの理解にリトライする気はないですが、いつかやってみてもいいかもしれないですね。




いや~しかし数理論理学、まあ数学の勉強を10ヶ月続けてきて、自分は数学をする能力があるのだろうかと考えたときに思うのは、とりあえず書かれてあることを理解する能力はあるということですね。

これは良かったです。
今回も理解できなかったのは固有変数条件だけでしたし。

まあ、理解するのに時間は掛かりますけどね。
ひとつの文を理解するのに2時間とか3時間掛けるのはザラにあります。


ちょっと話がそれますが、「数学がわからない」って言う人はたくさんいるようですけども、この人たちって一体、何がわからないんですかね。

いや、数学がわからないのか。

しかし私だってそりゃ書かれてあることを読んで一瞬で理解できるなんてことはほとんどないですが、時間かけたら大抵のものは理解できますよ。

数学できないって言ってる人って、イメージですが、なんか一瞬でギブアップしてますよね。
私は思うのですが、彼らもそこで諦めずに、ずっと分からない部分と格闘していれば本当は理解できるんじゃないでしょうか。

つまり彼らは数学できないんじゃなくて、分からないものを分かろうとする努力を放棄しているだけなんじゃないか、と思うんですけどね。

まあ脳みその筋トレみたいなもので、時間をかけるにはスタミナは必要ですけども。

でも本当はできるのに、自分はできないと信じ込んでしまっている部分が大きいのではないかと思います。

記号の羅列とか見たらもう心理的に無理なんですかね。
数学は記号を使うおかげで考えを整理しやすいんですけどね。


あと、「先生の教え方が悪いから分からない」とか言う輩もいますが、これもなんなんですかね。

先生の言ってることってテキストと変わらないと思うんですが。
まあ、疑問に思った点を先生に質問できるというのは先生がいないと不可能ですが、普通に聞いているぶんにはテキストと同じですよね。

自分にすんなりと入ってくる表現方法で教えてくれるのを期待してるんでしょうか。

私はそれは教える側に期待することじゃなくて、自分の力で、書かれてあることを自分が分かるように変換するものだと思います。
それが無理な輩は、勉強が受動的で、自分で取りに行くという発想がないのか。

自分で物事を考えろ!と言いたいですね。



なんて偉そうに言いますが、でも話を戻すと私も、理解力はありますが、たいして数学できないんじゃないかと思うんですよね~。

以前もブログに書いたと思いますが、発想力がない。

ようするに物事を新しい観点から見つめることができないということです。
まずありえない話ですが、私が数学で新理論を作ったり新しい発見をするのは無理そうですね。

あともっと身近な話で、自分で定理の証明を考えることは難しいです。
証明を読んで理解することはできるわけですけどね。


あと数学をやるにあたって絶望的だと思うんですが、論理的というよりか直感的なんですよね。

論理的に物事を整理することが苦手という…。

論理っていうのはひとつずつ分かることを積み上げていくわけですが、私の場合は一気にスタートからゴールまで行こうとしてしまう癖があります。


あと、テキストからは読み解けない疑問点が現れたら、「こういうことなんだな」と理解を補助するために自分で定理を考えることもあるんですが、

その定理の根拠が帰納法なんですよね。

いくつかの例を当てはめてみて、成り立つからこれは定理だなっ!、と…もはや数学じゃない。

まあ演繹的な根拠を考えられないだけで、たぶん現状、間違った定理は出していないとは直感で思うんですけどね。

あと、完全に帰納法なんじゃなくて、根拠となりうる、いくらかの論理性の断片が脳内に散りばめられているんですが、それらをうまいことまとめる力がないわけです。

これも、発想力の無さと並んで、自分で証明を考えられない大きな要因ですね。

まあ直感的に思いついたことを論理的に証明する能力というのは、今後も数学の勉強を続けていたら身についてくるんですかねぇ。


あと記憶力もないですね。
ワーキングメモリが足りないから書かれてあることを理解するのに差し障るというのは前もブログに書いたと思いますが、

そうじゃなくて長期記憶もないですね。

正直、前に勉強したことなんてほとんど覚えてないです。
そうですニワトリです。

まあでも、数学者の方々からイメージですが、あくまでも考えるという作業だけを大事にしていて、「記憶するなんてどうでもいいんだよ!」と言ってる感じがすごく伝わってくるんですよね。

なんというか、今はこう定義したからこういう理論が導けるけど、定義を変えたならその場合の理論を考えればいいだけで、定義を覚える必要はないよ!とでも言いそうな。


だから、数学で同じものについての解説テキストを複数見てみると、書いている人によって、だいたい言わんとしていることは同じなんですが、定義のスタイルが違ったりして微妙に違う理論が導かれていたりするんですよ。

まあ数学の世界はそういう作法なんでしょうね。
なので長期記憶がないっていうのは、さほど問題ではないのでしょう。


学校でも、数学とか物理で定理や法則を覚えずに、いちいち問題解くときに導くヤツいますもんね。

でも学校では、いちいち導かずに定理覚えてくるヤツは、考えることができなくて定理導けないヤツなので、いちいち導くヤツのほうが数学できるヤツなんですよね~。

数学者ってそういうヤツなんでしょう。


でも数学者って記憶力、知識力なんていらねえんだと言ってる感じですが、それもちょっと違うんじゃないかと思いますけどね。

イメージですが法律家とか、知識力を武器にしなければならない分野もあるわけで…。

あと、どうでもいいですが、数学とプログラミングの関わりは深いので数学者がプログラミングすることもあるわけですけど、
一般論ばっかり大事にしていて細やかな技能には興味ない数学者のプログラムは、なんか読みにくいというか、人間的でないというか、変なプログラム書いてるんじゃないかというのが、ただの偏見ですけどありますね。

私も最近は一般論マニアになってしまって、プログラミングのようなザ・個別案件みたいなのは、あんまり興味持てなくなってしまいましたけどね~。

最近本当に数学に傾倒していてヤバいな。
ヤバくはないか、てかヤバいってどういう意味だ。



数学の魅力、なんでしょうね。
まあ証明の論理を積み重ねている感じは美しいですよね。

前述のとおり自分で論理を積み重ねられない私ですが、読むのは好きです。

補題をひとつひとつ証明して、それをレゴブロックでお城を作るように組み合わせて大きな定理を証明する、

しかもパーツを詳しく見てれば全部が前提と公理で構成されてるというのは素晴らしい様式美ですね。


ただ、数学の中でも分野にもよるのかもしれないですが、特に私が見てきた証明の中には意外とつまらないのも多かったです。

構造的帰納法の証明なんかに顕著なんだと思いますが、場合分けして、それぞれの場合において式を変形するだけ…みたいな。

あんまり論理を扱ってる感じはしないですね。
まあ分野によるのでしょうけども。

まあ色々な証明を見てみたいなと思います。


というわけで、本題は数理論理学の勉強が終わったという話だったのに、ずいぶんと違う話をしましたが、ここらへんにしたいと思います。

ガチで全部、前に書いたこととまったく同じネタ書いてます。


勉強してみて、ひとつ気になったのは、あくまで私がやったのは数理論理学であって、
ゲーデルの不完全性定理みたいな数学基礎論はやれなかったことですね。

今まで“ゲーテル”だと思っていましたが“ゲーデル”でした。
オエエエエエゲボゲボ


数学基礎論と数理論理学の関わりは深いと思うんですけどね。
というか、数理論理学は数学基礎論の一部なのかな。

数学基礎論は今後やりたいですね。


あと、前も言ったと思いますが群・環・体にも興味があります。
とりあえず今はこっちをやりたいかなという感じではありますね。

まあなんにせよ、最近はシークエント計算の勉強頑張ったので、記事冒頭で書いたように今後しばらく燃え尽きてしまうかなと思います。


しかし、数学は面白いですね。
というか、勉強は面白いと思います。

学校を卒業して「もう勉強しなくていいんだ!イヤッホー!」と思ってる人もいるようですが、私は死ぬまで何かを勉強し続けたいなと思っております。

自分から勉強を奪われたら、自分の生きがいとか存在価値すら奪われた感じで、寂しいですね。


まあ興味のあることの勉強が好きなだけで、学校の勉強は好きかと聞かれたらそうでもないですけど。

まあ学校の勉強はいい大学に行っていい会社に入るための勉強であって、純粋な知的好奇心によるものとは基本的には違いますからね~。

私は知的好奇心によるものですから。
今後も勉強していきたいと思います。

tag: 数学 論理学 勉強 能力 証明 モチベーション ブラウザ 数学者 論理

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