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体の準同型写像に必要な定義

群・環・体の本を読んでおりましたら、体の準同型写像の定義として、
体L,Kについて、φ:L→Kは

1. φ(x+y) = φ(x) + φ(y)
2. φ(x*y) = φ(x) * φ(y)

を満たすことはもちろんのこと、L,Kの乗法に関する単位元1_L,1_Kについて

3. φ(1_L)  = 1_K

が成り立つならば、L,Kの加法に関する単位元0_L,0_Kと、xの乗法に関する逆元x'について

4. x != 0_Lならばφ(x) != 0_Kおよびφ(x') = φ(x)'

が成り立って、この4つを満たすφが体の準同型写像であるとされていました。


ただ、群の準同型写像が単位元を単位元に写すので、それと同じように簡約法則を使って、3.も1.と2.から導けるんじゃないのと、思っていました。

ただ、環の準同型写像の定義を引き継いでいるような文脈だったので、あえて3.を要請している程度なのだろうかというわけです。


こないだ記事「群・環の同型は同値関係」を書いたときも、完全にそう思っていて、
環の準同型写像の定義が3.を要請することについて、

+に関する単位元が一致することは簡約法則から導けるのですが、*については簡約法則が使えないので環の場合は*に関する単位元1が一致することも条件となります。

と書きました。

しかし、色々と考えたり調べたりしてみたら、どうやら、そんなに簡単な話ではないっぽいです。
結論から言いますと、私が読んでいる本の文脈では3.を要請するっぽいですね。




群の準同型写像と同じ話で、簡約法則を使って出来るだろうと思っていたのですが、乗法の場合はあらゆる元を0にしてしまう零元0があることが決定的な違いでした。

これにより零元0を簡約法則で消すことは出来ません。


まず気がついたのは、考える体LやKの加法に関する単位元と乗法に関する単位元が同一だった場合、つまり、こういう代数系を零環というみたいですが、LやKが零環だったとき面倒くさくね?ということです。

前提知識として、零環は全ての要素xがx = 1*x = 0*x = 0により0 = 1のひとつしかありません。

まずK(φの終域)が零環だった場合、Kの元についての等式を簡約法則でいじろうにも、Kには0_Kしかないので、簡約法則が使えません。


Lが零環だった場合は、φ(0_L) = 0_Kというのが実はすでに成り立っているので、すべてのx∈Lは0_Lですのでφ(x) = 0_Kとなります。

ここでφ(x)を簡約法則で消したかったわけですが、これは0_Kなので簡約法則が使えません。


というわけで、これらの場合は他の方法で導くことを除外して、現状のアイデアだけでは3.を導けません。
ただインターネットで調べてみると、なんとWikipediaの情報として、体が零環であることはありえないそうです。

証明が書かれておらず、他に文献がないので理由は分かりませんが、とにかく体L,Kは零環ではないので、上の場合は無視していいというわけです。



つまり、簡約法則が使えて期待通りφ(1_L) = 1_Kが導ける、ハッピーエンドじゃと言いたかったのですが、ここで、もうひとつの壁を知ってしまいます。

体などの代数系を始域、終域にする写像で、すべての元を終域の零元0にうつしてしまう写像のことを零写像と呼ぶらしいのですが、φが零写像である場合が壁となります。

なぜならば、そもそも先ほどから(そういえば言ってなかったけど)

φ(x) * φ(1_L) = φ(x*1_L) = φ(x) = φ(x) * 1_Kであり、
ここでφ(x) != 0ならば簡約法則が使えるわけですが、
φ(a) != 0となるaが存在するならば、それをxに代入して簡約法則により
φ(1_L) = 1_Kが証明できる、ということを利用したかったわけです。

つまり、φ(a) != 0となるaが存在するなら、φ(1_L) = 1_Kが証明できるわけですが、φが零写像である場合はそのようなaが存在しないことを意味しますので、証明できません。

しかし、φが零写像でなければ、φ(a) != 0となるaが存在するわけですので、それを用いて晴れて証明できます。


ここでφが零写像であれば、とりあえずは証明のアイデアが浮かびませんでしたが、どうやっても証明できないのかという問題に直面しますが、

考えてみれば、もし先にφ(1_L) = 1_Kが成り立っていればL,Kが零環でない限りφは零写像ではないので、
対偶を取ってφが零写像であるならφ(1_L) = 1_Kは成り立たないことが分かります。


また同時に、L,Kが零環でないなら、φが零写像でないこととφ(1_L) = 1_Kが同値であることが分かります。

つまり、体の準同型写像の定義の3.を、“φが零写像ではない”、と書き換えることができますが、とにかくそれに相当する要請が必要で、
私が読んでいる本ではφ(1_L) = 1_Kという表現を使ったということになりますね。

3.は必要だったわけです。


ところで、インターネットで調べてみると、このような結論にも関わらず3.を要請しない準同型写像の定義を見つけました。
これはそもそも、文脈が違う、定義しようとしている“準同型写像”というものが異なると思えばいいんじゃないでしょうか。

この場合、φ(1_L) = 1_Kとならないケースを認めると同時に、φが零写像であるケースを認めているわけですね。

ただ、それでも準同型写像についての理論展開に支障は無いと判断されたうえでのものと思われます。


まあ私が読んでいる本を基準で考えれば関係のないことですが、異なる公理系から異なる理論が構築されることを観察しておくことは大事でしょうね。


なお、1.と2.から3.に相当する要請を確実に導けないことを証明したわけではないので、新たなこれを導く証明が発見されてしまうと、本記事はナンセンスなものとなってしまいます。

確実に言えることは、少なくともφが零写像でないならφ(1_L) = 1_Kが導けること、および逆も成り立つことだけです。


いや~、また分からなかったことがスッキリしました。
こういう論理の積み木を、じっくり吟味するということが、まさに数学の楽しさでありますね。

中学数学や高校数学でも、この楽しさを教えてほしいなと思いますね。

tag: 数学 証明 群環体 勉強 命題 写像 公理 論理 同型 ゼロ

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